うさ日記

憂さ晴らしに書くのかもしれません

唐突な濡れ場で一家団欒のお茶の間が氷河期になることあるよね

父「ただいまー。お、たかしこんな時間まで起きてるのか」

たかし「うん、今日はNHKエヴァの映画やるんだ!夜遅く遅くなっちゃうけどいいかな?」

父「おお、エヴァンゲリオンか!しょうがないなぁ、今日だけだぞ?」

たかし「やったぁ!」

母「お帰りなさいあなた、今日は私も見てみようと思うのよ」

父「おおそうか、まだ時間あるけど今日はニュースも気になるしNHK付けっ放しておくか」テレビポチー

 

みたいな会話が、今日の日本のどこかでは起こっていたのではないだろうか。起こっていたと思う。起こってたら面白いな。この後、一家団欒の時間はぶち壊しになる。

 

その犯人の名は「リアルプリンセス」。NHKが何故か日付を跨ぐ前にブチ込んだ爆弾である。この番組は朗読、実写、アニメの三つを織り交ぜつつ有名なプリンセスの物語を現代風に再構築する……という一見すると大変に面白そうかつ全年齢対象な雰囲気を醸し出している。しかし!蓋を開けたとき飛び出したのは胸糞悪めの「本当は怖いグリム童話」的なアレであった。

 

今回の題材はラプンツェル。そのあらすじはこうだ。

離島で暮らす母子家庭の娘「恵麻」は綺麗な黒髪ロングの普通の女子高生。そんな時いつも違う男を家に連れ込む母や周りの大人とは違う雰囲気の男「キヨ」に出会う。キヨは月に1週間だけ東京から離島に来て美容室を開く美容師の男だった。次第にキヨに心惹かれていく恵麻。ある夜、月明かりの照らす海岸でキヨは恵麻にいづれ失明することを打ち明ける。助けになりたい、という恵麻に対しキヨは「君の裸が見たい」と告げる……。

 

おいおいおい、死ぬわコイツ。ほう、田舎のウブな少女と都会の雰囲気緩めのチャラ男ですか……。大したものですね。……いやいやいや、これ同人誌じゃねーから!正直もうこの時点でかなりイヤな予感がすると思うが、大変残念なことに世の習いとして悪い予感程現実になるので安心してほしい。

 

その場では一度逃げ出した恵麻だったが、1ヶ月後再び美容室に行ってしまう。結果、その夜月明かりの差す海岸の洞窟で初めての行為に及ぶ。紛れもない高揚感と得体の知れない嫌悪感を抱きながら、恵麻はこれまでの世界とは違う何かを感じる。「恵麻が呼んでくれたら、いつでも会いにいくよ」キヨはそう言った。

 

これは途中でVシネマに切り替わったとかではない。NHKの地上波である。しかも午後10時台の。ちなみに要約と私の低い語彙力の結果上記のような表現になっているが、劇中では映像と朗読が官能と気持ち悪さの絶妙な不協和音を奏でており、非常に胸糞悪い。だが忘れてはいけない。これはある意味でラプンツェルなのである。

 

しばらくのち、恵麻の元に驚くべきニュースが届けられる。「島に来てた美容師の男が、船から落ちて溺れたらしい」。驚きと共にその身を案じる恵麻。島民は答える。「安心しな、もう引き上げられて息も吹き返したから。でも大変な目にあった後だからなぁ。本土から嫁さんが来るみたいだぜ」

 

 

……は?

 

 

恵麻はキヨに問い詰める。「いつでも会いに来るって!」「だからこの島にいる間は会いに来れるじゃん」次第に、夢から冷めていく恵麻。「まさか、失明って」「……。」

島の森へと駆け出していく恵麻。追う足音はない。1人森の中でうずくまった恵麻は泣きながら黒く長い髪をバッサリと切ってしまう。

しばらく経った恵麻の元に島の幼馴染みが訪れる。「誰かに何かされよったんか!?」強く抱きしめる彼の手の中でワァァァと泣き出す恵麻。彼女は意を決して告げる。「海岸の洞窟で、美容師の男に乱暴されかけた」……。

ラストシーン。波止場で島民に詰られ、島から追い出されるキヨを崖の上から眺めながら恵麻は「私の世界を変えた王子様は偽物だった」と悟る。

 

その後、番組は「都合のいい王子様は偽物かも知れないから気をつけよう!」みたいな感じで終わった。お茶の間停止。たかしの人生に消えない何かを残したのは疑いない。だがこの物語が強烈な印象を残すのは、ここで記したあらすじによるものだけではない。とにかく演出が上手く、また一切の無駄が無いストーリー構成によりするすると飲み込めてしまう事こそリアルプリンセスの印象深い点だろう。例えるならば、丁寧に下拵えされた食材を用いて一流のシェフが一切のミスなく想定どおりに生み出したクソ不味い料理といったところだろうか。

例えばその演出の一端として、序盤で示される男を連れ込む母親のシーンは実写、すなわち現実であり、海岸の洞窟でのシーンはアニメ、すなわち夢として描写されるところなどはこの文章を書いていて初めて気づいた綺麗で嫌な対比である。また、何から何まで嘘だらけに思えるキヨの言動が、悪印象な時だけ本心なのもキツい。「人に言えない子だと思ったから」などの台詞もシャクに触るが、とびきり気持ち悪いのははじめて海岸で関係を迫った時の「専門学校まで彼女いなかったからさ、女子高生の裸とか見た事なくて」という台詞である。恐らくだがこの台詞、というよりこのセリフの中にある女子高生とその時代の自分に対するコンプレックスは本物だと思う。嘘にしてはあまりにも質量のこもった言葉だ。更に嫌なのはそれを察せてしまう、あるいは深読みしてしまう自分自身についてだが。

 

その上とびっきり嫌らしいのは、この話がラプンツェルの原典と表裏一体な事である。どうやら、原典のラプンツェルは王子様が失明するし、最後にはラプンツェルが王子様との間の子供達と森の中に暮らしていたところに盲目の王子様が辿り着き、彼女の涙で目が治りめでたしめでたしとなるらしい。そう、夢が覚めた後の孤独で追ってくる人も居ない恵麻とちょうど対になっているのだ。つまり、ここまで胸糞悪くお茶の間をぶち壊す火力に満ちていたくせしてしっかりラプンツェルなのである。

 

というわけで、NHKの番組リアルプリンセスの紹介であった。大変面白かった作品だったが、面白いという概念が必ずしも正の方向のみを向くものでは無いことが再確認できた。

 

……なーんて言ってたらカヲル君の首が吹っ飛んでしまった。実はこれをたかしに見せないための高度な策だったのかもね。